しかし正直言って『羊をめぐる冒険』は期待が大きすぎた分、思ったほどは泣けなかった。もちろんそれは作品の責任ではない。それでも私は氏の描く世界にその頃からズブズブとハマッてしまって行ってしまった。
言いかえれば、生まれつき小生物好きの3月生まれだもので、多分これはブレイクアウトする小説家であることを、直感的に感じとっていたのだろう。
どちらかと言えば私は「感動」する人というより「感」情が、ただ「激」しやすいというだけの恐るべき傍迷惑な人間だと自分で思う。だが、物事に対する知覚に関しては、ときとして鋭いこともあるような気もする。
『ノルウェイの森』が超ベストセラーになったとき、天才バカボンのパパのように「これでいいのだ」と納得して、毎週ベストセラー・チャートの上がり下がりを、まるで講談社の重役のように目を細めてながめていた自分が、つい昨日のことのように、今思い出された。
『ノルウェイの森』はもちろん、あのビートルズの有名曲であるが、元ビートルフリークとして書かせてもらうなら、あの曲は今は亡きジョン・レノンが、オノ・ヨーコに出会った当時のことをうたった歌であり、村上春樹氏に引き寄せて言うなら、あの小説こそビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』という一般に音楽的評価の高いアルバムと、ソニーのウォークマンがなかったならば書かれなかったであろう、というと極端だが、少なくとも多少形が変わっていたであろうという作品なのである。