そうムーチョだから

イカしたタイトルを思いつくまで。

それはいつか来る日だったけど。

 近くのTSUTAYAが無くなったので、ビデオを借りに行くのも面倒になった。それで、明日は天気も悪そうだし、中古で買ってまだ見ていなかった『ショート・カッツ』のビデオでも見ようかなと思いながら帰ってきて、夕刊をめくったら、R・アルトマン監督死去の報せ。
 私の第一声はこうだ。「ありゃ。」

 享年81歳。ファンを自負するにしては、あまりよいファンではなかった私。オイオイ、81歳はまだ若いんじゃないのと思ってしまった。ロイターによると、10年前に心臓移植手術を受けていたんだそうな。
 中学、高校時代を通して、先に亡くなったジョージ・ロイ・ヒルロバート・アルトマンは私の映画監督のアイドルであった。刷り込みというか、自分で選んで映画を見るようになった最初の時期に出会った監督は、自分の親みたいなもの。になるのかもしれない。二人とも空軍でパイロットだったという経歴も奇遇だったなあ。
 東京での学生時代、テレビの深夜映画や名画座で、両監督のそれまでの作品はとことん探求したものだ。それが、次第にそれほど熱心ではなくなり、、、でも忘れることはなかったんだよ。

 最近の作品『ゴスフォード・パーク』と『バレエ・カンパニー』は、ちゃんと劇場に行きました。でも時間がうまく合わなくて、どちらも途中からしか見ていません。それでも、この機会を逃したら次はないかもしれないという思いで、入場したのです。

 話は次々に飛びますが、監督自身の好きな作品ということで、ポール・ニューマン主演のSF映画『クインテット』が挙げられていたが、まだ見てません。アルトマンの映画をもう一度見直すには、人生は短いかもしれないなんて思ってしまう。

 グランドホテル形式という群像劇手法があったとはいえ、アルトマンによってそれは完成されたのだ。今でこそ、複数の主要登場人物の人生が絡まりあって大団円という映画は珍しくないが、今こそアルトマンの功績をみなさん思い出してください。
 それと複数の人のしゃべりを同時進行でかぶらせてしまうというアイデア。マルチトラックをフルに使うことに情熱を傾けていたらしい。
 カート・ヴォネガットとアルトマンの作品の影響で、私は大家族主義に一時傾倒した。あの頃のアメリカは何かにつけてお手本だったのだが。

 村上春樹氏がメールでふれていた新作は出来上がっていたのだろうか。自分の思い出ばかりに沈み込んでしまって、ご冥福を祈るのを忘れてしまっていた。私はあなたのことをいつまでも忘れません。たくさんの作品を残してくれて有難うございました。安らかにおやすみください。

 

「マッシュ」のアルトマン監督が死去 - goo 映画