小説を必要としている人がいるから、小説が書かれるのか、
小説があるから読んでみたくなるのか。
そういう問いに比べれば、この短編集の一つの主題である「食べ物」は、
それなくしては人間生きていけないという切実なものである。
材料を作る人も料理をする人も、食べる人も誰も欠くことができない。
では恋愛はどうなのか。なんてことを普段考えたりはしません。
だから恋愛小説があるのです。
メニューは、カツサンド、水餃子、目玉焼き、その他特別なものではありません。
だからかえって、作る人食べる人、その関係性、家族や男女のヒストリーが読者の味覚の記憶と相まって、
他人事なのに、どこかで自分の思い出や身近に聞いた話とも重なってくる。
お話がかもし出す味わいは読む人それぞれの人生経験で少しずつ違うだろう。
こういう小説を楽しめるようになったのは、
ちょっと年を取ったおかげかなと思う。
『ベーコン』井上荒野著
集英社刊 1470円
Then and Now :熊本日日新聞平成20年10月12日付け読書欄
「わたしの三つ星」に掲載。
この紹介文では触れていないが、ここに書かれたお話群は、「キッチン&ベッド」、
つまり、食事だけでなく、男女の性的な関係がもう