そうムーチョだから

イカしたタイトルを思いつくまで。

今、政治家に最低限必要なものは何か?

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つまり、政治家とは---激動の時代とともに  
森山眞弓著 河出書房新社

森山眞弓さんの名前をおぼろげながら記憶していたのは、
法務大臣在任中、死刑囚の死刑執行を命令した、
ということにおいてであった。
刑の厳罰化を望む声が多くなるいまの世の中だが、
特に死刑制度について私は反対である。
ほんとは「原則的には」とか「基本的には」と書きたいところだが、
そんな婉曲表現はよくない問題だと思うから、
はっきり反対であると表明する。
だったら、極刑はどうあるべきかについて、
人を説得できるだけの理屈はないのだが。

話はそれるが、亀井静香のことを私はずっと嫌いだった。
だが、氏が死刑制度に反対する理由として、
「警察も間違うから」と言っていたという話(出典不明)を聞いてから、
すっかり人の見方が変わってしまった。

それはそうと、森山眞弓さんのこのエッセイ集を手に取ったのは、
『つまり、政治家とは』というタイトルに惹かれたからだ。
そしたら帯の裏面には「今、政治家に最低限必要なものは何か?」
と書かれているではないか。

一昨年補欠選挙で初当選したとき、
私は市議会議員が政治家であると認識していなかった。
そんなことを選挙期間中に口にしていたら、
もちろん当選など覚束なかっただろう。
もちろん態度には出ていたかもしれないのだが。

そういうわけで、ある友人に
「(市議会議員は)滅茶苦茶政治家じゃないですか」と言われ、
恥ずかしながら、政治家を名乗れるように努力を始めました。

森山さんの青春時代は、
いまNHKの朝の連続ドラマ「梅ちゃん先生」の主人公が、
のほほんとした女学生から、医者を志すに至る、
その時代背景とまさに重なる部分が多い。
そして、先の死刑執行やいくつかのハテナだけで、
その人物と功績を表面的に判断してはいけないことを
改めて知るのである。

日本カメラ財団の理事長もなさっているが、
それにまつわる記事を引用する。

「・・・1956年のフォトキナのことを思い出していました。
当時日本のカメラ業界は黎明期で、強大なドイツに
少しでも追いつきたいと懸命でした。
何もわからないまま、ほとんど日本人がいないニューヨークへ
数人で出かけて、無我夢中で日本のカメラショウを催した後、
ヨーロッパまで足をのばしてドイツへ行きました。
ドイツの各メーカーは、
日本人はまねがうまいからと警戒していましたが、
フォトキナ(カメラの国際見本市)の地元ケルンを訪ね、
フリッツ・グル―バーさんと話し合うことができ、
次のフォトキナの際に片隅の小さなブースを
借りる話がついて、
国際的市場へのデビューを果たしたのでした。
アメリカにもPMA(カメラ販売協会)の見本市が
毎年あることを知り、これにも参加しました。
これらが第一歩となって、日本のカメラが世界に認識され、
評価されて急成長し、
1970年代には世界一になってしまったのです」

1956年が、私が生まれた年であるということもある。
きれいごとの日本カメラ史と言われるかもしれない。
しかし、世界一の冠を次々に奪われつつある

日の丸テクノロジーの火の鳥黎明編として、
実に心打たれるヒストリーではないか。