そうムーチョだから

イカしたタイトルを思いつくまで。

50年目の旋律

西合志村長だった祖父がオートバイにはねられたのは、
昭和40年9月26日夕。
おそらく即死に近い状態だったと思われる。
はねた方も重体だったとは今日初めて知った。

その祖父の50回忌。
無事50回忌を迎えることができた親戚一同が、
自分たちの健康と長寿に改めて感謝すべき法事だったかもしれない。

諸般の事情で、命日その日ではなくなったが、
祖父が亡くなったのが日曜の夜だったことを思うと、
今日の法要は、あの日を思い出すのに適していたのだろう。

50年。50年も過ぎてしまえば、
それほど長くもない。

私自身の人生を思えば、
祖父が私に輸血するために
国立熊本病院(現熊本医療センター)に通ってくれたおかげで、
今の自分があるわけで。
そして、元陸軍の傷痍軍人として失意にあった祖父が、
熊本城二の丸の坂をどういう気持で登ったのか。