そうムーチョだから

イカしたタイトルを思いつくまで。

スカンピンと羽田空港

昭和51年5月、歌手克美しげるが、愛人を殺して、
羽田空港の駐車場の車のトランクに放置したという事件があった。

その少し前の2月から3月にかけて、
すぐ近くの工場で、私は深夜のアルバイトをしていた。
日本航空系の国際線の機内食
食器を洗うという仕事だった。

夕方、蒲田からバスに乗って、羽田まで行くのだが、
西六郷というバス停があって、
あ、みんなの歌の少年合唱団は、この辺にあったのか、
と感心したりしたり、
スチュワーデス(現CA)も
路線バスを使うこともあるのか、とか。

そういうつもりで選んだバイトではなかったが、
はちみちぱいの「塀の上で」で歌われた景色が
そこに広がっていたことが、不思議だった。
スパンコールみたいに、ちいさな金属片(多分)を
パチンコの釘みたいなものに引っ掛けて、
モザイク状の広告看板に仕上げるという作業を、
その2ヶ月間ずっと、やってる人がいた。
ビルの窓ふきみたいに、ゴンドラみたいなのに乗って。
それって、かなりシュールですよね。
完成する前から、西日と風を受けて、
きらきら輝いていた。
ような気がするが、それは空想上のことかもしれない。

バイト仲間に、せんだみつおのそっくりさんや、
山田一郎という郵便局の記入例みたいな名前の学生がいた。
せんだみつおは、その前歯の隙具合から、
本人だったのではないかと、いまも思う。
そして、梶谷さんという、宮谷一彦の描くマンガの主人公みたいな、
超かっこいい青年がいて、
ペダルスティールをやっていると言ってた。
あんまり素敵な人だったので、緊張して
フランクにお話が出来なかったが、
ムーンライダーズのファンで、
目黒公会堂かなんかで、「スカンピン」を聞いて、
耳コピーで、自分たちのバンドでもやってるんだと
話した彼の言葉は忘れない。

そうです。
それが、ムーンライダーズ
『火の玉ボーイ』というアルバムとの出合いの
きっかけになったようなものでした。






The men who have no money at all.