そうムーチョだから

イカしたタイトルを思いつくまで。

私たちの望むものは

昨夜、NHK総合テレビで、
「作詞家松本隆の40年」を見た。

先週終わった土曜ドラマの「チェイス~国税査察官」※
最終回で、主人公の一人 村雲修次が言い及んだ、
想像しうる、もう一つの別の人生の在りようの可能性、だな。
それに打ちひしがれそうになった。

 ※6月2日、3日深夜一挙再放送の予定。

村雲の場合、子どものときの自分には
なんの責任もないので、
私なんかが引き合いに出すべきではない。

私の場合、
真剣さが足りなかったというか、
本当に、作詞家になろうと考えていなかった。
チャンスに恵まれなかったとは言っても、
つかむだけの努力をしなくちゃいけなかったのだ。


さて、松本隆の40年の、最初の方は、
作詞家ではなく、ロックバンドのドラマーである。

以前書いたが、
私が松本隆と出会った※のも、
NHKのラジオ番組にはっぴいえんどが、
出演したからだ。
そのときの担当が、
後に、吉田拓郎に詩を提供することになる
岡本おさみである。
同じ番組を島根で聞いていた佐野史郎は、
カセットテープをずっと大事に持っていた。

 ※「出会った」と言っても、
  実際に面会したというわけではない。
  高校2年のときには、実際会って、
  言葉を交わすことになるが。

番組では、ヒット曲のごく一部を
NHKの膨大なライブラリーの映像から選び、
紹介するとともに、
薬師丸ひろ子や、KinKi Kidsのインタビューも。

松任谷由実松本隆の対談は、
二人の活躍を、ほとんど無名の頃から知っている、
私たちにしかわからないヒストリーが
その対話の向こうにあった。

松本隆は、自分の書いた詞が、
時代に流されないで残っているという事実を
淡々と語る。
それに打ち込んできた人だから、言えること。
そのときどきに、いま何が求められているかを
鋭敏に捉え、歌詞の世界を構築してきた彼は、
いま詞を書くとき、
「未来に足らないものって何だろう」と考えるのだそうだ。




The possibility of another another life.