そうムーチョだから

イカしたタイトルを思いつくまで。

「コンパクト・シティ・くまもと」>5/4/2006・k312

 ある朝、熊本市中心部の繁華街を歩いているとき、ふと思ったことがある。ごみは落ちてないし、こぢんまりしているけれども、熊本は清潔な街だと自慢できるのじゃないかと。
 ところが、昨日、最近下通アーケード内に植えられた樹木の根元に空き缶や吸殻が捨てられているのを見て、ちょっとショックだった。通路のごみが目立たない分、そういう所をゴミ箱にしてしまう人間性を悲しく思いながら先へ進むと、ちゃんとほうきとちり取りを持ってごみを集める人もいた。
 溢れ返るような人込みは、活気と経済効果をもたらす。しかし監視カメラで管理され、大音量のスピーカーで注意を喚起されるような街ではやはり寂しい。
 楽しめる街と言いながらも、どうしても売上や利益に捕らわれてしまうのは当然だが、のんびり歩いて楽しい、小ぎれいな街は、繁華街の定義と矛盾するだろうか。
 ごみを落とす客が、お金も落とすのだとしたらなおのこと、清潔な街であり続けることが必要だ。他都市と比較して危機感を煽るのではなく、充実した生活を送ることに生きがいを感じる人が増えることにこそ、熊本の未来があると私は思う。

Then and Now:熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。う~む、何を言いたいんだか、よくわかりませんね。熊本市中心部は、博多のビジネス街と比べて、こぢんまりと小ぎれいだという印象を書こうとしたのだが、もう3年以上博多に行ってないので、現在の比較にならないということで、具体性に欠けてしまった。「清潔」というのは、「浄化」の意味ではありません。念のため。
これでは採用されなくて当然の、骨無し文章でした。