先週の一般質問で、
オルレだのフットパスだの言った手前、
ちょっと寒かったけれど、弁天山に行ってみた。
ユーパレス弁天までは、もちろんレターバス。
ユーパレスに着いたら、まずトイレを借りて小用を足す。
そしてきちんと歩道も整備されている市道を歩く。
この道路は、じきに高速道路九州縦貫道のスマートインターと
つながる予定である。
ここから少し急な階段を上れば頂上への近道。
碑 文
昭和三十七年三月、古庄義明氏は西合志村長に就任するや、
村勢の現状を省み、激動の社会情勢に順応し得る西合志の基
盤を培い、村勢の進展と住民福祉の増進を図るため緊急の事
案として、広域簡易水道事業の実施を發案、幾多の難問を超え
昭和三十九年九月着工 遂に仝四十一年二月十日、弁天山配
水池を圣て清浄な水が村内全域に供給されるに至つた。此の日
を目前に仝村長は急逝されたが、水道事業完工のこの日は、
又、実に農村西合志が近代化へ躍進の第一歩を踏み出した
記念すべき日であったといっても過言ではない。
爾来十有余年、水道施設は益々整備拡充され、町民の生活
環境の著しい改善、中南部地区の急激な都市化、北部地帯の
声価髙き蔬菜類の出荷額の激増にみる農業の近代化など、
町勢の伸展は将に驚異的で、今、本町の現状を視、水道事業
がその基盤となつていることに想いを致す時、古庄村長の卓見、
実行力、熱意に敬慕の情を禁じ得ないものがある。
古庄村長歿後十八年、往時を憶えば転々感慨の念に堪えず、
吾等委員一同相謀り広く町民の賛同を得て、氏の顕彰碑をゆか
りの此の地に建て、その偉業を偲ぶよすがとすると共に本町
将来の發展を祈念するものである。
昭和五十八年三月吉日建立
胸像はあまりにも似てないので遠景にとどめる。
自分の祖父だから、身びいきだと思われるだろうが、
自分史のルーツみたいなものだから。
ただ偉業と言われても、前にも書いたが、あの時期
国の補助事業としての採択があったのかもしれないし、
そういうタイミングに村長としての信を得た
ということなのかもしれない。
しかし、一軒一軒同意書を取って回ったという話や、
掘削工事も手掘りであったことなど、
当時の苦労は並大抵のものではなかっただろう。
どういう困難があったか、あるいはうまく行った工夫など、
本来は行政文書として残しておくべきものである。
それが今の時代にも政策形成のお手本となるであろうことは
想像に難くない。
先達の苦労を記録、また記憶することでこそ、
本市の将来の発展に臨むことが出来るのである。
話が逸れてしまったが、
ユーパレス弁天から約1km。
ここを経由して次にどこへ行くかである。
弁天山の駐車場には立派なトイレと自販機がある。
ごみは持ち帰ってくださいね。
簡単なアスレチック施設やツゲの植栽による迷路
などがある。
本日の最大の収穫は、
散策ルートづくりはそう簡単なことではない、
ということを発見したことだ。
たーだ作ればいいのなら簡単だが、
歩いて楽しい、面白いコースとなると、
深く掘り下げた学習と数多くの市民の理解や協力が
必要になりそうだ。